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- 現在の日本は超高齢化が進行する中、脳梗塞や心筋梗塞に代表される血栓性疾患が増えており、抗血小板薬(バイアスピリンなど)や抗凝固薬(ワーファリンなど)を継続して内服する人が増えています。さらに日本では抗凝固薬を内服されている人は100万人、抗血小板薬は300万人に上ると言われています。
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- このような抗血栓療法中の患者の抜歯を含む観血的処置時には、今までは休薬が可能であれば休薬した後に行っていましたが、抗血栓療法の中断はリスクが大きくほとんどの抜歯例では適切な局所止血処置を行えば休薬が不要であることがわかってきました。
休薬による血栓塞栓症再発の頻度は低いが症状は重篤
抜歯時のワーファリン休薬は血栓塞栓症のリスクを増加させると言われています。米国のWahlの文献調査では、ワーファリンを中止した493例・542回の抜歯のうち、5例(約1%)で血栓塞栓症が起こり、うち4例(80%)が死亡したとのことです。
つまり抜歯時の休薬によって起こる血栓塞栓症の頻度は低いのですが、発症した場合症状が重篤になることがあるのです。
こうした点から、日本循環器学会の抗凝固・抗血小板療法ガイドラインでは「抜歯時には抗血栓薬の継続が望ましい」と明記されています。
日本の現状
ある調査で医師側にアンケートをとったところ、抜歯時に抗凝固薬(ワーファリン)を休薬、減量する医師が70%、抗血小板薬を中止する医師が86%にも上りました。
「歯科医師が出血で困ると思う」「歯科医師の指示で」という理由が多いようです。また、抗凝固薬を中止した結果、脳梗塞などを起こした例を経験した医師が10%にも上るそうです。
また歯科医師側にも、抗血栓薬を休薬もしくは減量しないと抜歯ができないという考えの方が多いことも事実です。また患者自身もよくわかっていて、「抜歯するために1週間薬止めてきたよ」なんて言う患者もいるほどです。
欧米の認識;抗血栓療法は大多数の例では中止してはならない
欧米では、抗凝固薬服用患者が歯科で抜歯などの処置を受ける時のガイドラインがあります。
それによると採血時のPT-INRという血液中のデータが2~4の治療域にあれば重篤な出血のリスクは非常に小さく、休薬により血栓症リスクが増大することから「外来の歯科外科処置を行う大多数の患者では抗凝固薬を中止してはならない」、また低用量のアスピリン(100mg/日以下)は歯科処置の為に中止すべきではないということが、ハイレベルのエビデンスとして示されています。
つまり最近の欧米では、抜歯に関して抗血栓薬は休薬してはならないというのが主流になっています。
抜歯時の注意点
日本人は白人や黒人よりも出血しやすい人種だと言われています。抗凝固薬内服中の患者の抜歯で、基準となってくるのがPT-INRの値です。
日本循環器学会推奨の治療域は1.6~3とされていますが食事などによっても値が大きく変動します。以下に抜歯時の注意点をあげておきます。
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- 出血で問題となる場合は、辺縁歯肉の炎症が強いことにより止血しにくい場合がほとんどなのでまず歯石除去などの歯周治療後の抜歯が望ましい。
- 肝機能異常などの全身的に凝固異常のある場合は止血しにくい。
- 1度に多数歯(3本以上)の抜歯は避けた方がよい。
- 抜糸時にも意外と出血することがある。
- 局所止血がとても大事。
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以上のことを踏まえ当院ではより安全に、より患者に負担がないことを第一に考え、以下の設備と基準を設けて抜歯を含めた外科処置を行っております。
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- 抜歯当日のPT-INR測定
先に述べたようにPT-INRは値の変動が大きいので、抜歯直前24時間以内の計測が必要です。 - 1度に抜歯は2本まで
多くの歯を1度に抜歯をすると、それだけ出血のリスクは大きくなるので患者の安全と負担を考え、当院では抗血栓療法中の患者の抜歯は1度に2本までとしております。 - 局所止血が大事
適切な局所止血が行われないとやはり出血のリスクは増大します。そこで当院では抜歯後確実な止血処置を行っております。 - 大学病院に紹介
診断の結果、外来での抜歯が困難と判断した場合、大学病院に紹介させていただく場合があります。それは難しい条件のもとで無理に外科処置をした場合、かえって患者の負担や不安が大きくなってしまうからです。そのために入院施設のある大学病院での処置をお勧めする場合があります。
- 抜歯当日のPT-INR測定